はじめに:アートメイクをめぐる問い
アートメイクをめぐる議論が、再び大きな論点になっています。 眉毛、アイライン、リップ、乳輪・乳頭、ヘアライン。 針先に色素を付け、皮膚の表面に色素を入れることで、化粧に近い見た目を長期間維持する施術です。
一方で、美容所、エステサロン、個人サロンなどでも、似たような施術が 「落ちないメイク」「眉タトゥー」「ナチュラルメイク」など、さまざまな名称で提供されている実態があります。
厚生労働省は、2023年7月3日の通知で、眉毛やアイラインのアートメイクについて、 医行為に該当し、医師免許を有しない者が業として行う場合には医師法第17条違反になり得る との見解を示しています。
同じように針で皮膚に色素を入れる行為なのに、タトゥーとアートメイクはなぜ別扱いになるのか。 その違いは、医学的な違いなのか。目的の違いなのか。医療従事者が関与してきた実態の違いなのか。 本記事では、あえて一つの答えを出さず、社会に問いかけます。
タトゥー施術
- 2020年最高裁決定で医行為ではないと判断
- 装飾・表現としての側面が強い
- 医療・保健指導に属するかが争点
アートメイク
- 厚労省は医行為と整理
- 眉毛・アイライン・リップ等が対象
- 医療従事者が関与する実態があると説明
1. 厚労省はアートメイクをどう整理しているのか
厚生労働省の基本的な整理は、アートメイクは医行為に該当するというものです。 2023年7月3日の厚生労働省通知では、医師法第17条にいう「医業」とは、 医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、 または危害を及ぼすおそれのある行為、すなわち医行為を、反復継続する意思をもって行うことだと説明されています。
そのうえで、照会のあった眉毛やアイラインのアートメイクについては、医行為に該当し、 医師免許を有しない者が業として行えば、医師法第17条に違反するものと思料すると回答しています。
| 厚労省が示す視点 | 内容 | 実務上の意味 |
|---|---|---|
| 行為の実態 | 針先に色素を付け、皮膚表面に色素を入れる行為 | 名称ではなく、実際に何をしているかが問われる |
| 対象部位・目的 | 眉毛、毛髪、乳輪・乳頭、アイライン、チーク、リップ等 | 化粧や人体構造物の再現に関わるものが対象になり得る |
| 医師法との関係 | 医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条違反になり得る | 美容所・サロンでの実施は特に注意が必要 |
| 名称の問題 | 名称を問わず、実態としてアートメイクなら医行為と整理 | 「眉メイク」「落ちないメイク」等の名称変更では回避できない可能性 |
つまり、行政の立場から見れば、問題は看板の名前ではありません。 実際に何をしているのか。誰が施術しているのか。どこで施術しているのか。 医師の管理下にあるのか。健康被害が生じたときに対応できる体制があるのか。 この実態が問われています。
2. 2020年最高裁決定で、タトゥー施術は医行為ではないとされた
一方で、2020年9月16日、最高裁判所は、タトゥー施術行為について医師法違反に問われた事件で、 当該タトゥー施術行為は医行為に当たらないと判断しました。
この最高裁決定が大きな意味を持つのは、 「針で皮膚に色素を入れる」という行為が、すべて自動的に医行為になるわけではない と示した点にあります。
これは、アートメイクの議論にも大きな影響を与えます。 なぜなら、タトゥーとアートメイクは、外形的には似た行為に見えるからです。
3. では、なぜアートメイクは別扱いなのか
ここで、多くの人が抱く疑問に戻ります。 タトゥーも、アートメイクも、針で皮膚に色素を入れます。 タトゥーは医行為ではないとされました。 しかし、アートメイクは医行為と整理されています。
厚生労働省は、2023年通知の中で、2020年最高裁決定に触れたうえで、 アートメイクについては、医療の一環として医師・看護師等の医療従事者が関与している実態があることから、 医行為該当性が否定されるものではないと説明しています。
医療機関で行われてきたから医行為なのか。 医療従事者が関与してきたから医行為なのか。 それとも、アートメイクそのものに医学的判断が必要だから医行為なのか。 この線引きは、決して簡単ではありません。
4. アートメイクには医療安全上のリスクがある
アートメイクが医療と結びつけて語られる理由の一つは、一定の侵襲性があることです。 針で皮膚に色素を入れる以上、感染、出血、炎症、アレルギー反応、瘢痕、色素の変化、 仕上がりの左右差、除去や修正の困難性といった問題が起こり得ます。
感染・炎症
針や色素、施術環境の管理が不十分な場合、感染や皮膚炎のリスクがあります。
アレルギー・禁忌
皮膚疾患、服薬状況、体質によっては、医学的判断が必要になる場合があります。
修正困難性
仕上がりの不満、色素変化、左右差などは、簡単に元に戻せない場合があります。
ただし、ここでも問いは残ります。 リスクがあるから医療なのか。 医師でなければ管理できないリスクなのか。 適切な研修制度や資格制度を整えれば、非医療者でも安全に担える領域はないのか。
5. 医療機関で行えば、それだけで十分なのか
アートメイクを医療機関で行えば、すべて問題は解決するのでしょうか。 ここも慎重に考える必要があります。
医療機関で実施する場合でも、単にクリニックの中で施術しているだけでは不十分です。 医師による事前診察、適応判断、禁忌確認、リスク説明、同意取得、感染対策、 施術記録、トラブル時の対応、看護師が関与する場合の医師の指示系統が必要になります。
| 医療機関で必要な体制 | 確認すべき内容 | 記録・掲示のポイント |
|---|---|---|
| 事前診察 | 適応、禁忌、既往歴、服薬、皮膚状態を確認 | 診療録・問診票・説明記録を残す |
| 説明と同意 | リスク、修正困難性、ダウンタイム、個人差を説明 | 同意書、説明資料、料金表を整備する |
| 施術者の役割 | 医師施術か、医師指示下の看護師関与かを明確化 | 指示系統・担当者・施術範囲を記録する |
| 安全管理 | 感染対策、器具管理、色素管理、事故時対応 | マニュアル・点検記録・トラブル対応フローを保管 |
| 広告・料金表示 | 過度な効果表現、誤認表現、料金の不明確さを避ける | WEB掲示・院内掲示・契約書類の整合性を確認 |
医療機関である以上、広告・説明・同意・記録のすべてが、 後から検証可能な状態でなければなりません。
6. 美容所・サロン側の問題は、名称ではなく実態で判断される
厚生労働省は、美容所等におけるアートメイク施術について、 名称を問わず、定義に該当するアートメイクについては医行為となると説明しています。
つまり、「アートメイクではなく眉デザインです」「医療ではなく美容サービスです」 「医師と提携しています」といった説明があったとしても、 実際に何をしているのかが問われます。
美容所やサロンで働いてきた技術者の蓄積をどう扱うのか。 医療機関だけに限定した場合、価格や地域格差は広がらないのか。 一方で、健康被害が起きたとき、誰が責任を持つのか。 制度の線引きは、現場の働き方、利用者の選択、安全確保のあり方に直結します。
7. 争点は「医療か美容か」だけではない
アートメイクの問題を、「医療か美容か」という二択だけで考えると、 本質を見誤る可能性があります。
医療安全
感染対策、器具管理、色素管理、合併症対応をどこまで制度化するか。
消費者保護
利用者が資格、リスク、責任体制を理解して選べる情報提供があるか。
職業と技術
美容技術者、タトゥー彫師、アートメイク施術者の技術をどう位置づけるか。
法的線引き
医師法第17条の射程をどこまで広げ、どこから別制度で考えるか。
医療機関の責任
医療として実施する以上、説明責任、記録、同意、広告管理が必要になります。
社会的選択
安全と自由、規制とアクセス、医療と美容の境界をどう設計するか。
8. 365メディカルが考える医療機関側の実務論点
365メディカルは、医療機関向けに制度対応、WEB掲示、施設基準管理、証憑管理を支援する立場から、 アートメイクの問題を、単なる美容医療のテーマではなく、 「医療と非医療の境界管理」の問題として見ています。
アートメイクを医療機関で行うのであれば、医療機関は「合法だからよい」という段階で止まってはいけません。 医療として行う以上、説明責任、記録管理、同意管理、安全管理が必要です。
医療と美容の境界が曖昧になる時代へ
365メディカルは、医療機関のWEB掲示、保険外負担、同意書、説明資料、証憑管理を通じて、 医療機関が社会に対して説明できる体制づくりを支援します。
おわりに:アートメイクは、誰のために、どの制度で守るべきか
アートメイクは、美容であり、自己表現であり、QOLを高める手段でもあります。 乳がん手術後の乳輪・乳頭再建に関わるケースでは、心理的な回復にもつながる可能性があります。
一方で、皮膚に色素を入れる以上、感染、炎症、アレルギー、仕上がりトラブル、 修正困難性といったリスクもあります。
アートメイクは医療なのか。美容なのか。 それとも、医療と美容の間にある新しい制度領域として整理すべきなのか。 365メディカルは、この問いに対して一つの答えを急ぐのではなく、 医療機関、サロン、行政、専門職、そして利用者を含めた社会全体で考えるべきテーマとして注視していきます。
引用・参照資料
本記事は、以下の公的資料・関連資料を参照し、365メディカルの視点で医療機関向けに再構成したものです。
- 厚生労働省「医師免許を有しない者によるいわゆるアートメイクの取扱いについて」 令和5年7月3日通知。アートメイクの医行為該当性、医師法第17条との関係、2020年最高裁決定との関係を参照。
- 厚生労働省「美容所等におけるアートメイク施術について」 美容所等におけるアートメイク施術の取扱い、名称を問わず実態で判断される考え方を参照。
- 最高裁判所「平成30年(あ)第1790号 医師法違反被告事件」 令和2年9月16日決定。タトゥー施術行為の医行為該当性に関する判断を参照。
免責事項
本記事は、アートメイク、タトゥー施術、医師法第17条、医行為該当性、美容医療の制度設計に関する論点を、 365メディカルの視点で整理した情報提供記事です。
本記事は、特定の施術、事業者、医療機関、サロンの適法性を判断するものではありません。 また、個別事案における医師法違反の有無、医療機関での実施可否、看護師の施術範囲、 広告表示の適否、行政対応の見通しを保証するものではありません。
アートメイク施術の実施、広告、業務委託、サロン連携、医療機関内での運用を検討する場合は、 必ず最新の厚生労働省通知、自治体の指導、関係法令、医師法、医療法、保健師助産師看護師法、 医療広告ガイドライン等を確認し、必要に応じて弁護士、行政書士、医療法務に詳しい専門家、 所管保健所等へ相談してください。
用語集
アートメイク
針先に色素を付けて皮膚の表面に色素を入れ、眉毛、アイライン、リップ、乳輪・乳頭等を描く施術を指します。
医行為
医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、またはそのおそれのある行為を指します。
医師法第17条
「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定める規定です。
タトゥー最高裁決定
2020年9月16日に最高裁が、対象となったタトゥー施術行為について医行為に当たらないと判断した決定です。
美容医療
外見の改善や美容を目的としつつ、医師の管理下で行われる医療行為を含む領域です。
証憑管理
説明書、同意書、施術記録、掲示内容、料金表、更新履歴などを整理・保管し、後から確認できるようにする管理です。